素敵な言葉

あじさいは、大好きなお花の一つ。

先日、スタッフと一緒に サンドウィッチを作っていた時の会話が とても印象的。
プロのメイクさんでもある 彼女は、自分のメイクの写真撮りをする際に、
モデルさんに 自分の好きなヴィンテージもののイヤリングをつけてもらおうと
思っている  と。
自分の好きなもの と一緒なら 自分らしさが表現できるきがして・・・・   って。

素敵な言葉だと 思った。

私も、お店でかける曲・・スタッフはあきているかもしれないけれど、自分の好きな曲を。
2階のカフェで活けるお花・・・今は  好きなあじさいを。

好きなものに囲まれて仕事が出来ることに 幸せを感じるし、そこに ”らしさ”は築かれていくのかもしれない。

素敵な言葉・・・・・反芻しながら  初心にかえる。

キセキの緑

2階のカフェで、桜の花を 一足早く堪能する。
なんとなく、その枝を 捨てきれずにいて水に 挿していた。

枝からは 予想を裏切らず 緑の芽。
やがて、一枚目の葉。
二枚目の葉。
また、芽をだし、枝を伸ばし 三枚目の葉、四枚目の葉  と生い茂る。

新緑の季節ともなれば、緑のグラデーションの世界は当たり前になる。

でも、まだ 本当の春を待つものとしては、このグレーの枝から、
キセキの緑 を だす事は、手品のように 気持ちよく、
つい 生命力の素晴らしさに 見とれる。

時に 人は、手品のようなキセキを、自分自身に思い描いたりする。

でも、冬の準備が きっと  慌てず 春を 教えてくれるような 気がしてならない。

キャラウェイシードのショートブレッド

お客様でキャラウェイシードのショートブレッドが 大好きな方がいらして
私は、 よく その方のために、ショートブレッドを作ってもらうよう
スタッフに お願いする。

オーストリアのウィーンに 、今は亡きご主人と暮らしていた際に
キャラウェイの入ったパンに、ソーセージを挟んで食べるのがお好きだった と
話して下さったことがある。

先日も 「今日 これから ショートブレッド焼きますよ」  とお伝えすると
すぐに お二つ お取り置きをお願いされた。

人生で 本当に大切なものは何か。
そういうことを、 知りつくされたような女性なので、
キャラウェイの味の その向こう側に あるものに 想いをめぐらし お茶をする。
そして、そういう時間を 大切にされているのではないか 、、と 勝手ながら 想像している。

誰かのために、お菓子を焼く。
誰かのために、パンを焼く。
この人のために、料理をする。
この人に、「美味しい!」  と言ってもらいたいから   と。
そういうお客さまに、 少しづつ出会い 少しづつ関わりをもつ。

そして そういうことが 今の自分の波調であり、役割ではないかと 考えている。

万人に 受け入れられる味は ないと思う。
私たちの味を 受け入れてくださる方を 大事にしよう  と思うのだ。

これからも、私は あの方のために、キャラウェイシードのショートブレッドを
焼き続けたいと 思っている。

春よ来い!

春を 待つ間は
泡のような 心細さが 
時に 浮上する。

淡いピンクの花びらの絨毯の上を 歩く頃になって、
ようやく 消える泡だと 知りつつも。

今だけの それが
少しだけ 息をひそめる。

春を待つ。
春よ 来い!

早く 会いたい。

merci beaucoup!

スタッフの 思いもかけない サプライズに 、41歳のわたしの誕生日は美味しいケーキを
頂ける 幸せの日 となりました。

merci  beaucoup!!

えがお

お正月があけて、 帰省していたスタッフが 次々にお土産をもって現れる。

なかでも この京都の 和三盆。
箱を開けた瞬間・・・   みんなで えがお になりました。

また 一年 えがお でいられます様に。

やさしさの連鎖

「すくすくと 川の流れの ほとりに 植えられた木のように」

聖書にあるこの言葉に 惹かれたのは5年前。
何があっても 動じない強さ と
何かあったら 声をかけれる 柔軟さと やさしさ。
そんな風に 自分なりに 理解した言葉だった。

2011年という 年。

年の始まりを丁寧に過ごそうと、緊張しながら過ごした 1月  2月。

3月 震災。
春を喜べないまま 粛々と過ごす。

4月  5月  6月。
何が起きたのか、これから どうすべきか・・少しづつ理解し、

7月  8月  9月。
変化 と 自分の直感を受け入れ

10月  11月  12月。
そのことを信じて 進んでいこうと過ごしてきた   そういう1年だった。

そして なにより  やさしい言葉を たくさんかけて頂き、救われることが
数多くあった年。
心ある やさしい言葉は、胸の中の 何かを溶かし 再び やさしい気持にさせた。

その やさしさの連鎖は、やがて大きな幸せと 喜びを生み、やさしい空間をつくるものと
実感したのだった。

gentille   やさしい  という意。
名前に恥じぬ様、 来年も    「   すくすく 」 と過ごせたら と思っている。

奇跡のメダイユ

カフェに来られる お客様から パリのお土産を頂く。
ボンマルシェ (デパート)の近くの ひっそりとたたずむ 白い教会。
「奇跡のメダイユ教会」  マリア様のお告げを受け 作られたというメダル。

メダルを手にした人に奇跡が起こるという。
幸せが訪れる という メダル。

何よりも   パリで私を思い出してくれる瞬間があったことが うれしい!!

ECHOES

ECHOES  という 辻 仁成さんのエッセイを 読み終えたばかり。

夢というのは実現できないから 夢というのであって、
本当に実現したければ 夢と言ってはならない。   と。

私たちスタッフの間で、小さい頃 夢として文集に載せているのは それぞれ何か・・・って
話題になり、とても 楽しいひと時を 過ごしていた。

お花屋さん・ピアニスト・バレリーナ・ニュースキャスター・変人・・・ヘンジン??・翻訳家・・・
それぞれ 現在の自分とは かけ離れているので みんな  ついつい笑ってしまう。

私も 小学校の卒業文集には 小説家、作家 と載せていて どんな自分が言ってたのかと恥ずかしくなる。

今は パン屋さん、 パン屋さんになるなんて 夢にも思わなかたこと。

辻さんは 夢の対照 として、「野心」 について こう書かれている。

野心という言葉は悪い意味で言われる場合が多いが、この言葉が出来た古代、
野心は「野に出る心」 で あったはず。
一歩荒野へ踏み出す気持ちが 長い年月を経て悪い言葉になっただけである。   と。
野心を抱えて突き進んでいらっしゃる辻さんの 体験メッセージには 説得力がある。

一方で、若いスタッフのあいだでも、「野心」 という 言葉でいえば、それぞれしっかりと持ち合わせている。
文集に載せた夢は 夢として さておき。

私が 彼女 彼らにできることは、少ないと思うが、
縁あって出会ったのだから 起こることが 起こるよう 応援して いけたらと 思っている。

きっと そうなりたい!なりたい! と 口にしていくことも 大事なんだと。
ECHOSE -木霊-  を 読んで思いました。

保存

新しいスタッフが入ったので、教える側のスタッフががんばってくれている。
ありがたいと思って見ている。
中でも、二十歳のスタッフ。

仕事を ちょうど覚えてきて、楽しくお客様ともやりとりできる様になっていたころ
だったので、新たな年上のスタッフにも 敬語を使いながら、自分も教わってきた
ように教えてあげている。
任された責任を 素直に果たす 、その姿を 遠く離れたご両親に伝えたい様な
見せてあげたいような 心情にかられる。

自分の身の回りに起きていることを 素直に吸収し、耳を傾けようとする姿。
そのことが 自分を満たし ごく自然に流れ 花開いているかのような瞬間。

言葉にするには 難しい。

映画監督さんなら 撮りどころだし
写真家さんなら  ファインダー越しに 僅か数センチほどの 彼女の成長を見抜ける と思うし。

そんなこが 私の目の前にいるのだ。
ぜひ ここに 書き留めて  保存することにします。

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