「鳥籠とカナリア」という物語

無名の小いさなカナリアは黄金の鳥籠を見上げて暮らしていました。
鳥籠は孤独で、自分の籠の中で美しく鳴いてくれるカナリアを探していました。ある時、森に、
カナリアを求む、という張り紙が出ます。
カナリアは、自分のことだ、と直感し鳥籠のドアを叩きます。黄金の鳥籠は一目見て、自分の
求めていたカナリアなのだと気がつきます。

 

鳥籠は愛情をもって、カナリアに鳴き方を教えていきます。カナリアは期待通り美しい鳴き方を
身につけ、みるみる美しく成長を遂げます。森はカナリアと鳥籠のコンビを称賛しました。
その噂は森の外にまで届けられます。その達成感から、二人は恋に落ち、愛し合うようにもなります。
鳥籠は自分の持っているものは全てこの子に与えようと考えるようになります。生涯一緒に暮らして
ほしい、と鳥籠が打ち明けます。カナリアはすぐに「はい」と返事をしました。

与えあう最高の関係だと鳥籠も思っていました。二人は大きな夢をもちます。
この森で最高の交響曲を生みだそうという壮大な計画・・・・・・。

そのことを一所懸命に話す鳥籠がカナリアは大好きでした。鳥籠に包み込まれ、その中で育っていく幸福を
感じ取って生きていたいのです。

ところがカナリアはある時、いつも同じ鳥籠の中でしか歌えない自分の境遇に疑問を覚えます。
鳥籠のことは愛しているのだけれど、もっと何かがあるような気もしてきます。

(中略)

大きな存在になれば、逆にいつも甘えてばかりだった鳥籠とも対等に愛し合えるようになるんだ、と。
急に世界が開けたような気持になりました。私は誰にも支配されない。
そう、彼女は考えました。
鳥籠の無垢な愛は変わりませんでした。
「ほかに好きな人ができたらどうするの?」

カナリアは優しく見つめる鳥籠に向かってそう口走ります。
鳥籠は不意に不安に脅え、築いてきた愛の城が音も立てずに壊れていくのを聞いてます。

(中略)

カナリアは飛び立ちました。
大空を舞うカナリアに笑みが戻るなら、それは正しい、と鳥籠は思いました。どんどん友達を
増やしていくカナリアを見ながら、鳥籠はみるみる錆びていきました。
鳥籠はさらにさらに窶れ、黄金の輝きは失せてしまいます。
それでも鳥籠は約束どおり、ドアを開けつづけてカナリアの戻りを待ちました。
自分の育て方や愛情が偏っていたせいなのだ、と後悔をしながら。

(中略)

ところがある日、窶れた鳥籠の元に一羽の鶯がやってきたのです。
「ドアが開けっぱなしだったので、入ってきました」と 鶯は言います。
鳥籠はカナリアのことを考えますが、寂しさのあまり、鶯を招き入れてしまいます。
「私は傷ついた鶯なんです。あなたの噂を聞いてやって来ました」

鶯は、私に歌を取り戻させてくだい、と頼みます。
鳥籠は鶯の中に眠る才能を見つけました。鳥籠はカナリアのことを考えますが、必要とされることに
光を見てしまいます。
鶯は歌いました。 実に力のある本物の鳴き声。 しかも 優しく、表現力豊かです。
この子を育ててみたい、と 鳥籠は思いました。
またコンビを組んで、森中にその噂を届けたいと考えたのです。
夢を語り合って、すばらしい交響曲を彼女の為に書いてあげたい、と考えます。
すぐにそう思ったのではありません。鳥籠は時間をかけました。カナリアのことが忘れられなかったから。

 

錆びて朽ちていた鳥籠の中から鶯の美しい声が響きはじめます。
森がその響きに耳を欹てます。
鳥籠の復活、と森中がその噂に興奮を始めるのです。
鳥籠はカナリアを忘れることができないので、鶯を愛するまでには至りません。
しかしそれがいつ愛に変わってもおかしくないほどに二人は成果を出していきます。
愛は口にしませんでしたが、鳥籠は幸福でした。
鶯もその鳥籠が気に入っていたので、ちょっとは近くを飛び回りますが、決して遠くへは出掛けませんでした。
支配もしないし支配もされないが、そこがいい、とお互いが思いました。
いや、愛とはそういうものなのかもしれません。
「いつまでいるんだい」と 鳥籠はある日聞きます。
「あなたがいい。あなたがいい」と 鶯は歌います。
鳥籠はカナリアを忘れられない自分に後ろめたさを覚えますが、仕方がありません。そしてふと、
この鶯もいつか自分の元を飛び立つのだろうか、  と不安になります。
「鶯さん、私はあなたをここに縛るつもりはありません」 と鳥籠は言いました。
「世界を見たくなったら、どうぞ、ストレス解消に飛び立って下さい」
「はい」と 鶯は返事をしますが、遠くへ飛び立つことはありませんでした。

なぜなら、鶯はその鳥籠の中に世界の本質を見ていたのですから。

 

一方、カナリアは世界をさんざ眺めた挙句、最初の鳥籠の素晴らしさに気づきます。
「自分の歌声を一番上手に引き出すのはあの人しかいないんだ」
二人で描いた夢についても思いだします。
二人で計画した森での大演奏会のこと、そして作ろうとした交響曲のことなど・・・・・。
その日々がどんなに自分にとって掛けがえのないものだったかも思いだすのです。
確かに新しく知った世界は刺激もありましたし、引き出しも増えました。友人もでき、中には
ちょっと恋仲になった人もいます。美味しいご飯を食べさせてくれる鳥籠も現れました。

華やかな森のフェスティバルの招待券を送ってくれる鳥籠もできました。
でも、一時の楽しみも、一緒に生みだすことの素晴らしさの前では 虚しいものでした。
カナリアは遊び疲れて黄金の鳥籠の元へと戻ってきます。
ところがそこには鶯がいて、綺麗な鳴き声で歌っているではありませんか。
カナリアは嫉妬します。
高木の小枝にとまって 二人の様子をみています。
笑顔で語り合う二人の姿に、 怒りさえこみあげてきます。

「あそこは自分の場所なのに」 とカナリアは思うのです。

確かにドアは開けっぱなしなのです。入る気になればいつでも入れる状態でした。でも籠の中で
鶯と一緒には歌えません。
仕方がないので、カナリアは高木の小枝に摑まって鶯が去るのを待ちます。
鶯が出たところで中に入ろうとカナリアは思いつきます。
ところが鶯はドアが開いているのに出ていこうとしません。

鶯は「あなたがいい。 あなたがいい。」 と歌います。
その歌はかつて、鳥籠が書いてくれた交響曲のコーラスの部分でした。
「鳥籠がいい」   とカナリアは小さな声で歌いました。
涙があふれ、戻りたいのに戻れない悲しみに泣きました。
鳥籠は忘れられないカナリアのことを時々心配していました。
ふと出ていったドアを見つめては、どこかで幸福に生きていてほしい、と思います。
ちゃんとご飯を食べているのかと、心配します。
元気がない時に手を差し伸べて助けてくれる人はいるのだろうかと、不安になります。

「どうしたんですか」  と鶯が寂しげな顔をする鳥籠に 聞きます。
「いいや、なんでもない」

鳥籠はそう呟き、優しい鶯を安心させるために口づけをしました。
それを見ていたカナリアは悲しみを堪えきれず、激しく泣きます。
そして別の鳥籠を探しに飛び立ちました。

 

世界は広くて果てしがありません。
しかし運命の出会いというものは意外に足元にあるものなのかもしれません。
カナリアが見つけた一枚の張り紙の中にこそ全てがあったのです。
「カナリアを求む」

 

            ~恋するために生まれた  江國香織  辻仁成  ~     /幻冬舎より

秋の読書に すばらしい物語に出会えました。

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